キリスト教と科学

詩編19:1-2

ロビソン・デイヴィッド
2020年11月22日

 宗教と科学は、互いに対立していると考える人がいるかもしれません。たとえば、宗教的な人がこの世界を見ると、確かに、神様がこのすべてを創造されたと考えますが、無宗教で科学を信じている人は、世界は神様なしで、自然な成り行きで存在するようになったと考えるかもしれません。また、宗教を信じていない人が病気になると、医者や薬だけに頼るかもしれませんが、信仰のある人は、薬を飲むだけではなくて、神様に祈ったりもするでしょう。

 クリスチャンは、科学と信仰との関係についてどう考えるべきでしょうか。科学とキリスト教信仰の間には矛盾があるのでしょうか。多くの人はそう考えています。科学で結論づけられた事実が、キリスト教の教えと矛盾すると考える科学者もいます。しかし、矛盾とされることをよく見ると、多くの場合は、科学者がキリスト教の教えを正しく理解していないことや、科学的仮説がまだ完全に証明されていないという状況があると思います。

 例えば、クリスチャンと科学の関係について良く議論される話題が進化論だと思います。聖書によると、この世界の植物、動物、また人間も、すべては神様が創造されたものです。しかし、多くの科学者が信じている進化論は、地球上の生命の存在を、神様なしに十分に説明できるという考えに基づいていると思います。

 しかしクリスチャンの間にも、進化論に対して色々な意見があります。私個人的には、進化論には正しい事実が確かにあるけれども、進化論だけでは地球上の生命の原因を説明できないという意見です。しかし、これと違う見方をするクリスチャンもいます。たとえば、神様が世界を創造された時に、進化というプロセスを用いて、地球上のすべての生命を生み出したと考えるクリスチャンもいます。つまり、進化論がすべて正しいとしても、それはキリスト教信仰自体を論破することにはならないというのが私の考えです。

 実に、最も偉大な科学的発見の多くは、キリスト教徒によってなされました。クリスチャン科学者達は、この世界が神様によって設計され、すべてが創造されたと熱心に信じています。このような科学者の一人が、フランシス・コリンズという人です。コリンズ博士は、ヒトゲノム計画の代表を務めた、アメリカの遺伝学者です。

 ヒトゲノム計画とは、DNAのヒトゲノムを解読するための国際的な取り組みでした。アメリカや日本、イギリス、また他の国の科学者達が、この大きな目的のために共に働きました。ヒトゲノムは、人体の細胞のすべてを指示しているDNAの中のコードです。ヒトゲノムが人間を作っているとも言えます。しかし、このコードの長さは30億字以上にもなり、すべての字を口で読むと、30年ぐらいかかるそうです。膨大な研究ですが、ヒトゲノム計画は13年後に、ゲノム全体のマッピングを完成させました。これは人類史上最大の科学的成果の1つでした。

 ヒトゲノム計画の成果は、科学と医学に大きな影響を与えました。それによって、人体の複雑さをより深く、新しい方法で理解することができるようになりました。またこの新しい情報によって、遺伝病の原因をもっとはっきり解明できるようになったことで、多くの病気の治療法も発見されています。

 ヒトゲノム計画を率(ひき)いたコリンズ博士は、これは素晴らしい科学的発見というだけではなくて、深い霊的な経験だったと言っています。コリンズ博士は、ヒトゲノムを読めるようになることは、神様が人間を作った言語を読めるようになるのと同じことだと考えました。ヒトゲノム計画が終わってから、コリンズ博士はこう言っています。「私にとっては、ヒトゲノムの配列を解明して、最も重要なコードを解明する経験は、驚くべき科学的成果であるだけではなく、礼拝の機会でした。」

 コリンズ博士は、ヒトゲノムの美しさと、信じられないほどの複雑さが、深い知恵に満ちた神様ご自身の姿を指し示していると考えました。つまり、人間のDNAを研究して、その複雑さを解明することを通して、人間を創造された神様へのより深い感謝と敬意を持つようになったというのです。

 クリスチャンにとって、それが自然な反応だと思います。私たちクリスチャンが信じていることは、宇宙と、またその中のすべてが、唯一の、すべての力を持っておられる神によって創造されたということです。聖書の一番最初の箇所にはこう書かれています。

 「はじめに神が天と地を創造された」

 聖書によると、宇宙の中のすべての星や、すべての惑星、また地球上のすべての植物、すべての動物、また、すべての細胞と原子が、神様の力と創造性によって創造されました。ですから、クリスチャンにとっては、科学的方法を用いてこの世界を研究することは、神様のみわざを研究し、神様をほめたたえる機会だと言えると思います。聖書の中でも、こう書かれています。

 「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。昼は昼へ話を伝え、夜は夜へ知識を示す。」詩編19:1-2

 クリスチャンが天を見上げる時、何百万の星を見て、こんなに広い宇宙を創造された神に驚嘆します。クリスチャンにとっては、この世界が一番美しい芸術作品のようです。

 私たちは美しい絵を見ると、絵を賞賛するだけではなくて、その絵を描いた画家のことも賞賛しますね。美しい絵をじっくりと味わえば味わうほど、画家に対する賞賛の念が深まります。私は芸術については詳しくないですが、美しい絵を見ると、その絵を描いた画家は優れた技術を持っているな、と思います。しかし、私より芸術をよく理解している人が同じ絵を見れば、画家の技術や芸術性の高さをもっと深く理解することができます。

 たとえば、「モナリザ」という有名な絵があります。芸術に疎(うと)い私が「モナリザ」を見ると、確かに素晴らしい絵だなと思います。なぜかは分かりませんが、「モナリザ」はとても印象深い作品です。私たちだけではなくて、多くの世代の人に強い印象を与えています。しかし、熟練した芸術家が「モナリザ」を見ると、まったく違う視点で見るかもしれません。塗料の塗布方法、照明がどのように当たっているか、顔の形、女性のポーズなど、絵画についての造詣が深い人は、レオナルド・ダ・ヴィンチへのより深い称賛を送るでしょう。

 私たちクリスチャンは、同じように、神様の創造された世界を研究することによって、神様をもっと深く賛美することができます。科学的探究は、神様の被造物をより深く理解することを通して、神様ご自身をもっと深く知る機会です。歴史の中でも、キリスト教徒は科学をこのようにとらえてきました。地球が太陽の周りを公転するというコペルニクスの発見から、ニュートンの重力の法則の発見まで、多くの重大な科学的発見は、神様がこの世界を創造されたと信じて神様を礼拝しているクリスチャンによってなされました。

 私たちのような科学者ではない普通のクリスチャンも、科学の本を読んだり、科学実験を行ったり、ただ散歩して自然を見たりすることを通して、神様の創造された世界をよりよく理解し、創造主(ぬし)である神様を礼拝する機会になったらいいと思います。