喜んで、すべてを損と思っている

使徒の働き9:19-31

ロビソン・デイヴィッド
2020年01月26日

 前回の説教で、神様が使徒パウロをどのように救われたかを見ました。使徒パウロつまりサウロは、神様の恵みのみによって救われました。サウロは罪びとの頭で、教会を迫害していた人ですが、イエス様はサウロを裁くのではなく、むしろサウロにご自分を表してくださり、サウロをご自分の大使として任命されました。

 そのことは、サウロの人生に革命的な変化をもたらしました。サウロは、復活の栄光のイエス様を見て、それまで自分が信じていたことがすべて間違っていたことに気づきました。イエス様が本当に復活された救い主であって、王の王、主の主であると気づいたサウロは、それまでの人生のすべての選択を再評価することを余儀なくされたのです。しかしイエス様に従うためには、犠牲を払わなければなりませんでした。

 今日の箇所で、サウロが二つのことを手放したのを見ることができます。

1.自分が持っていた人生の計画。

2.仲間のユダヤ人たちとの関係。

 まず、使徒の働き9:19-21を見てください。

 別の箇所で、サウロは自分のことをきっすいのへブル人だと言っています。また、彼は当時のパリサイ人の中で一番偉い人の一人でした。サウロは、パリサイ人の教えと慣習を守るために、それをおびやかすイエス様の教会を破壊しようとしたぐらい熱心なパリサイ人でした。サウロはクリスチャンを捕らえるために、ダマスコにまで行きました。しかしイエス様の働きによって、ダマスコに着いたサウロはイエス様の弟子たちを迫害する代わりに、ユダヤ人の会堂に入っていって、イエス様が神の御子だと宣べ伝え始めたのです。サウロは、イエス様について宣べ伝え始めた瞬間に、それまで自分の人生をささげてきたすべての物を失いました。

使徒の働き22:3-5

 これは、サウロが晩年にエルサレムで捕まった時に、自分の回心について語った場面です。サウロはユダヤ教の中心であるエルサレムで育ち、当時一番偉いユダヤ教の指導者であったガマリエルの下で学びました。ガラテヤ人への手紙1:14では、パウロは自分が同じ世代の多くの同胞に比べて、はるかにユダヤ教に進んでおり、先祖の伝承に人一倍熱心だったと書いています。

 パリサイ人の一人として、サウロはとても熱心な律法の学生でした。パリサイ人はモーセの律法に厳しく従い、他のユダヤ人にも同じように律法に従うように教えていました。しかしこの同じパリサイ人が、イエス様の死に際して多くの負い目を負いました。彼らは、イエス様がユダヤ人を惑わす偽メシアだと考えました。イエス様がユダヤ人に対して、モーセの律法に従う必要はないし、先祖の伝承も捨てるべきだと教えていると認識していました。当然サウロも、イエス様を殺すことに心から賛成していました。

 さらにイエス様が殺された後も、サウロはイエス様ご自身だけではなく、イエス様の弟子たちも黙らせようとしました。サウロは教会のリーダー達を殺すことに賛成するほど、ユダヤ教の伝承を守ろうとする人でした。ダマスコへの道でイエス様に出会う瞬間まで、サウロの人生の目的の一つは、パリサイ人の教えを守るということでした。

 しかしイエス様に出会ったことで、サウロは自分が一番大事にしてきた信念が全く間違っていて、むしろ自分が礼拝していると思っていた神様に歯向かうことになっていたことに気づきました。そしてその信念を手放さなければならないと気づきました。しかし、そのためには、多くの犠牲が伴うことになります。パリサイ人からクリスチャンになれば、自分が人生の中で達成してきたことをすべて手放さなければなりません。他のパリサイ人からの尊敬を失い、むしろ嫌われるでしょう。他のユダヤ人達も、サウロに教えられることを良く思う人はいないだろうし、裏切り者として扱われるでしょう。サウロの立場に立たされれば、多くの人がその新しい信念を他の人に伝えることをしないで静かに守って、個人的にクリスチャンとして生活したいと思うのではないでしょうか。しかしサウロはそうしませんでした。

 むしろ、サウロはダマスコにあるユダヤ教の会堂に入って行って、イエス様こそが神の子だと伝え始めたのです。その結果、ユダヤ人たちはサウロを殺す相談を始めました。

 それがサウロが手放さなければならなかった二つ目のことです。それは仲間のユダヤ人たちとの関係です。サウロがイエス様が救い主だと伝え始めるとすぐに、ユダヤ人達はサウロを拒絶しました。

使徒の働き9:22-25、29

 サウロがクリスチャンになった直後に、ユダヤ人達

は二回もサウロを殺そうとしています。サウロがユダヤ教のリーダー達を裏切ったと思った多くのユダヤ人は、ペテロやイエス様の他の使徒たち以上にサウロを憎んでいました。自分達と一緒になってイエス様の教えを葬り去ろうとしているはずのサウロが、あらゆる機会にむしろイエスの教えを広め始めたのです。さらには、サウロはパリサイ人の一番良い教師たちの下で教育を受けていたので、誰も議論では彼にかないませんでした。サウロがすべてのパリサイ人よりモーセの律法をよく知っていたからです。

 その結果、サウロは自分の以前の人生から切り離されて、大きな不安の期間に追い込まれました。サウロは全てを失ったのです。さらに26節を見ると、クリスチャン達も、サウロの変化は自分たちを欺くための演技だと思って、サウロを信頼してくれなかったことが分かります。

 ここでちょっと立ち止まって、サウロがその状況の中で何を感じていたのかを考えたいと思います。サウロには恐れがたくさんあったと思います。どこに行っても、彼を殺したい人がいました。以前サウロが尊敬していた権力のある人々が、サウロを黙らせたいと思っていました。また、寂しいという感覚もあったと思います。以前の友人たちに憎まれ、他のクリスチャン達からも受け入れてはもらえない状況にあったからです。サウロは自分がしていることは本当に正しいのかどうか、悩んでいたかもしれません。しかし、そのような様々な困難があったにも関わらず、サウロはどこに行ってもイエス様の偉大さを語って、トラブルを巻き起こし続けていました。

 どうしてでしょうか。

 二つの理由があったと思います。

1.サウロは、イエス様を知っていること自体が、失ったすべてのものよりも尊いことだと分かっていた。

2.サウロは、仲間のユダヤ人達を深く愛していたので、彼らにもイエス様を知ってもらいたかった。

ピリピ人への手紙3:4-11

 この箇所でサウロは、以前の人生で持っていたすべての物を失ったことに対して、どう考えていたかを書いています。イエス様に従うと決めると、それまで自分が追い求めてきたすべての物を失いますが、代わりにイエス様を知るようになります。失う物は確かにありますが、得る物も確かにあります。サウロは失う物と得る物を天秤にかけた時、イエス様との関係を得ることの方が、失うことになるすべての物よりはるかに尊いことだと確信したのだと思います。それまで大事にしてきたことはすべて、イエス様を知っていることと比べると、ちりあくた、つまりゴミのようなもの、犬にやる餌の残り物のようなものに見えたというのです。だからサウロは喜んですべてを捧げて、イエス様を受け入れました。

 サウロはクリスチャンになったことで、厳しい困難を経験していたのにも関わらず、状況が悪化したとはとらえていませんでした。自分の立場が低くなったとはとらえていませんでした。むしろ、彼は価値のないものと引き換えに、限りなく価値のあるものを得たのだと確信していました。サウロは、イエス様のたとえ話に出て来る、畑で宝を見つけた人のような人でした。

マタイの福音書14:44

 イエス様を知ったことで、サウロの人生は劇的に変えられました。その変化は、眠りから覚めるような、または死から復活するような、または暗闇から光に入っていくような経験でした。イエス様を知ったことによって、やっと正しく愛され受け入れられて、許されていることを感じることができたのです。失ったすべての物は、その喜びに比べることもできないものでした。

 サウロが困難の中でも、どこに行ってもイエス様の偉大さを語った理由の二つ目の理由は、仲間のユダヤ人達を深く愛していたからです。

ローマ人への手紙9:1-5

 サウロは仲間のユダヤ人達を深く愛していました。ユダヤ人は神様に選ばれた民で、約束と救い主は彼らに与えられたものでした。しかし、イエス様がその約束を守るためにご自分の民のところに来られた時、彼らはイエス様を拒んでしまいました。サウロも、当初はイエス様が約束された救い主だと信じていませんでしたから、神様の約束を受ける機会を逃していました。サウロは神様の預言をよく学んでいただけではなく、他のユダヤ人にも教えていたのに、イエス様が現われた時、サウロも他の多くのユダヤ人達も、イエス様を救い主として認めませんでした。イエス様がサウロの目を開いて真実を明らかにしたことは、サウロにとって心が痛む経験だったに違いないと思います。神様に選ばれた民が、待ち望んでいる救い主を拒んだことに気づくのは、サウロにとって非常に悲しいことだったと思います。

 イエス様の真実に気付いたあと、サウロはどのような行動に出たでしょうか。すぐにユダヤ人が集まって神様のみことばを学んでいる会堂に入って行って、イエス様について伝え始めました。「イエス様こそが私たちが待ち望んでいる救い主です。イエス様こそが神様の御子なのです。遅すぎることはありません。イエス様を信じて、神様の約束を受けることができます」というようなメッセージを伝え始めました。

 この箇所を見ると、パウロには悲しみと、愛する同胞であるユダヤ人達にイエスについて伝えようとする必死さがあったことが分かると思います。パウロが願っていたことは、自分がイエス様を知ったように、仲間のユダヤ人達にもイエス様を知ってほしいということでした。自分が神様の恵みによって素晴らしい報酬を受けたのと同じように、ユダヤ人達が恵みを受けることでした。彼らがイエス様を通して受けることのできる神様の恵みについて聞くためなら、何をすることもいとわない決意でした。サウロにとって、一部のユダヤ人達がイエス様の福音を聞いて救いを受けるなら、他のユダヤ人達に拒まれ憎まれることは問題ではありませんでした。すべての人がそのメセージを聞かなけらばならないのです。当時のユダヤ人達は気づいていませんでしたが、彼らにとって何よりも大事なメッセージだったのです。サウロは、仲間のユダヤ人達がイエス様を通して神様の赦しを受け、神様と和解することを、何よりも望んでいました。

 私たちにも、サウロのような心を神様が与えてくださるように、祈りたいと思います。イエス様を知っていることの素晴らしさを、毎日もっともっと深く理解できるように、そして、イエス様を知っていることの素晴らしさを理解することによって、もっと多くのことを手放すことができるように、祈りたいと思います。私たちが、私たちの同胞に対してサウロのような心を持って、彼らがイエス様を知るようになるために、何でも喜んですることができるように、祈っていきたいと思います。